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世界の医療
イギリス編
福祉大国イギリスの 「ゆりかごから墓場まで」NHSの光と影
イギリス ・ロンドン在住 ディキンソン恵子
◇手術も入院も無料!手厚い医療システム

 「ゆりかごから墓場まで」というスローガンとともに、イギリスの公的保険であるNHS(National Health Service 国民保健サービス)が創設されてから60年以上が経った。 民間の健康保険に加入しているのは国民の約12%(UK Private Medical Insurance 2007による)にとどまっており、国民が頼りにするのはやはりNHSである。


▲普通の住宅街にあるGP

 私がNHSに初めてお世話になったのは、イギリスへ来て間もなくのことだ。
 休暇で訪れていたイギリス北部のスコットランドで流産してしまった。滞在していたホテルの主人のGP(General Practitioner かかりつけ医)がホテルに診察しに来てくれ、そのGPが手配した近くの総合病院で緊急の手術を受けた。ちょうど夜の手術になり1泊入院することになったが、夫も一緒に宿泊できるように家族部屋を用意してくれた上、手術も入院も無料であった。

 手術後入院までしたのに、何の支払いもなくそのまま病院をあとにした時には不思議な気がしたものだ。
 そして、その総合病院から私のGPに流産の詳細などが伝えられ、私のカルテに今回の件が記録された。

 その後、出産を2回経験しているが、妊娠中の定期検査、出産、入院もすべて無料であった。出産後には、ミッドワイフといわれる産婆さんが自宅を訪問して母子の健康をチェックしてくれたり、子供が予防注射を受けるが、これらもすべて無料である。
 このようにイギリスのNHSは、受診や検査だけでなく手術なども無料という、本当に有難いシステムだ。

すべてを取り仕切るかかりつけ医「GP」

▲GPが何人か集まって運営されているメディカル・センター

 イギリスで医療サービスを受けるためには、まずGPに登録しておく必要がある。
 何か体の不調があると、緊急でない限りまず予約を入れるのはGP。GPが診察するのは内科、外科、皮膚科、耳鼻科、産婦人科などで、何か特別の病気の疑いがない限り、GPが診断し処方せんを書く。GPが専門医へ紹介して、更に精密検査や診察を受けるときもある。

 GPや専門医から処方せんを手に入れたら薬局で薬を調剤してもらう。
 処方せんが必要な処方せん医薬品は有料で、塗り薬でも飲み薬でも現在一律£7.20(2010年2月のレートで約千円)。風邪薬や頭痛薬などなら処方せんの要らない薬局販売医薬品の方が断然安いので、GPに「薬局販売医薬品を買いなさい」と言われることもある。


▲ロンドンの町の薬局

 ただし、薬を定期的に飲まないといけない人は、特別証書を発行してもらえば、3ヶ月で£28.25(約4千円)、または12ヶ月で£104(約1万5千円)になるそうだ。
 また、NHSの処方せん医薬品は、無料になることもある。「60歳以上、16歳以下、16〜18歳のフルタイムの学生、妊婦または出産後1年以内でマタニティ免除証の所持者、特定疾患で医療免除証の所持者、身体障害があり外出に介助が必須で医療免除証の所持者、軍人年金医療免除証の所持者、NHSの入院患者」にあてはまる場合がそうだ。

 私も長男を出産後に乳腺炎になった時には、処方せん医薬品の抗生物質を無料で調剤してもらったし、子供が病気になったら、GPを受診し、処方せん医薬品をもらった方がお得だ。
 それだけでなく、失業保険や生活保護を受けていたりしても処方せん医薬品が無料になったりするという、患者に優しい医療システムなのである。

NHS資金不足の切り札は予防対策とジェネリック医薬品

 さて、そんな素晴らしいNHSなのだが、最近は創設時にはなかった生活習慣病などが増加し、患者の需要も変化してきた。その結果、NHSは万年資金不足、長い待ち時間など何かと問題が多い。

 例えば、数年前に夫が胃腸に不快感を覚え、GPの診察を受けた。胃潰瘍の疑いがあるので精密検査が必要と、総合病院を紹介されたのだが、精密検査を受けたのは数ヶ月後。その時にはもうすでに胃潰瘍が治っていた、なんて笑えない話もある。


▲大手薬局チェーンのスーパードラッグ

 また、postcode lottery (ポストコード・ロッタリー)という問題もある。ポストコードとは郵便番号のことで、その番号によって管轄の総合病院などが異なってくる。
 NHSの経営は、NHSトラストという各地にある組織によって独立運営されているのだが、その地域によって治療を無料で受けられたり受けられなかったりする。それでロッタリー(くじ)に例えられるのだ。

 例えば、C町では癌の新治療薬を使用しない方針、でも隣町ではこの薬を使用するとなると、隣町に住んでいる住人は薬を貰えるのに、C町の住人は自費でこの薬を手に入れることになる。そのため同じNHSでありながら平等な治療を受けられないと、裁判になることもあるほどだ。

 一方、NHSの資金不足の切り札は、予防対策とジェネリック医薬品だ。
 ここ数年、イギリス政府は、NHSの予算をより有効に使うため、生活習慣病を減らすための予防対策に目を向け始めており、全面禁煙法が施行されたり、学校で健康的なライフスタイルの学習をカリキュラムに取り入れたりしている。


▲花粉症用のジェネリックの処方せん医薬品(左)とブランド医薬品(右)

 また、NHSで出される処方せんのうち、なんと約83%がジェネリック医薬品である(英国ジェネリック製薬協会調べ)。保健省ではそれをさらに5%増やしたい方針だそうだ。

 薬剤師は医師が書いた処方せんに従うことが義務付けられているので、医師がブランド名で医薬品を処方した場合は、必ずそれを調剤する。
 ところが、医師がジェネリック医薬品を処方した場合は、成分が同じジェネリック医薬品ならば特定の医薬品を調剤しなくてもよいのだ。

 どおりで、以前長男がのんでいた花粉症の処方せん医薬品は、毎回見かけの違う錠剤であった。
 成分は同じなのにブランド医薬品より安価なジェネリック医薬品は、NHSのコスト削減に大いに役立っている。

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