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未来のヘルスケア ショートショート

蚊の診療 田丸雅智

小野賢章

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ショートショート「蚊の診療」

蚊の診療 田丸雅智

典子は、
近ごろ自分も歳だなぁと
思うことが増えてきていた。
体調はあまり芳しくはなく、
頭の回転もずいぶん
鈍くなったような気がする。
もうすぐ70歳が視野に
入ってくる年齢だから、
それも当たり前だろうなぁと思いつつ、
3年前に夫を癌でなくしてからは
他愛のない話をする相手も
いなくなり、

01/12

おそるおそる自分の手のひらに
視線をやった。
がっくり肩を落としながらも、典子は思う。
──本能って、なんて怖いの……
睡眠中は飛行禁止にしておくべきだったわ。
その典子の手のひらでは、
高価なメディカが
見るも無残な姿でつぶれていた。
加えてべっとりと広がっていたのは、
自分の真っ赤な血液だった。

12/12

しかし、ある日、典子が
午後の散歩を終えて、気持ちよく
リビングで昼寝をしていたときだった。
突然、典子の耳に、プゥゥンという
音が聞こえてきた。
それは懐かしい蚊の音だった。
が、今の典子にとっては、快眠を妨げる
耳障りな音でしかなかった。
典子は昔の癖で、つい両手でパチン
とそれを叩いてしまった。
その瞬間、
典子はハッと目を覚まし、

11/12

メディカを使いはじめてから、
典子の体調は明らかによくなった。
定期的に送られてくる
レポートによれば、
メディカは不足しがち
だった栄養を運んできて、
典子に注入してくれているらしい。
身体の調子がよくなると、
なんだか気力もわいてきて、
典子はよく外出をするようにもなった。
それが、さらなる健康増進にも
つながっていった。

10/12

今は蚊取線香を知らない子供も
多いくらいで、典子にとっては
飛行するメディカを見ていると、
なんだか懐かしい気持ちになるのだった。
メディカは普段は
充電ポートに止まっていて、
決まった時間に採血をすると、
窓の隙間からステーションへと
飛んでいっているらしかった。
血液を運ぶ途中で
鳥に食べられないように、
特別な電波も出しているという。

09/12

祐二というのは典子の息子で、
千秋にとっては年の離れた弟だった。
そんな二人の申し出に、典子は
ありがたく甘えることにしたのだった。
届いたメディカの初期設定は、
医師がやってくれた。
本物の蚊と区別するためということで、
メディカの色は真っ白だった。
もっとも、最近では
都市開発の影響だろう、
本物の黒い蚊を
目にすることはほとんどない

08/12

遠慮がちに言う千秋の言葉に、
典子は癌で亡くなった
夫のことを思いだす。
生前の夫は、長いあいだ
体調不良を訴えていた。
が、典子が病院に行くことを勧めても、
億劫がってなかなか腰が上がらなかった。
そして、気づいたときには
末期の癌になっていて、
そこから先はあっという間のことだった。
「私と祐二からプレゼントさせて
もらうからさ」

07/12

蚊に似てるのは、
刺されても全然気づかないっていう
ところくらいで。
メディカがあれば、
わざわざ病院に行かなくても
常にモニタリングしてもらえるし、
薬の飲み忘れなんかもないわけだから、
安心できるかなって。
私も、いっつも近くにいられる
わけじゃないからさ。
それに、ほら、血液検査で
癌かどうかも分かるらしいし……」

06/12

検査の結果は医師が見てくれ、
何か異常があれば、
すぐに所有者のもとへ通知が行く。
薬が必要だと判断されれば
薬剤師がメディカのお腹に
薬を充填してくれて、
患者のもとへと飛んで戻り、
気づかぬうちに注入する。
「なんだか、かゆくなりそうね」
典子が言うと、千秋は笑った。
「あくまでドローンなんだから、
大丈夫だよ。

05/12

医療用の蚊という意味の
メディカルモスキート──
通称メディカは、
近ごろ実用化されたばかりの
最先端の医療機器だ。
メディカは、
その所有者である人間を
検知すると飛んで近づき、
本物の蚊のように血液を吸う。
そして、その血液を病院の
ステーションに運んでいって、
自動的に血液検査をしてくれる。

04/12

「うん、まあ、しっかりガタは来てる
感じだけど、なんとかやってるわ」
「ところでさ、お母さん、
メディカって知ってる?」
「メディカ……?」
「うん、蚊をモデルにして
作られたっていう超小型の
ドローンが出たんだって。
お母さんにぴったりなんじゃ
ないかと思って」
そして、千秋はこんな話を
典子に語った。

03/12

ささやかな会話の
重要性を痛感していた。
いまの典子にとっては、娘の千秋と、
その子供である孫の真帆が
ときどき電話をかけてくれる
ときだけが、
かわり映えのない日常を彩ってくれる、
かけがえのない時間だった。
娘の千秋から電話があったのは、
そんなある日のことだった。
「お母さん、調子どう?
変わりない?」

02/12
小野賢章

小野賢章

福岡県生まれの30歳。4歳に子役としてデビューし、ミュージカルやドラマなどに出演。映画『ハリーポッター』シリーズの吹き替えで声優としてのキャリアをスタート。代表作は『黒子のバスケ』黒子テツヤ役、『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』ジョルノ・ジョバァーナ役、『アイドリッシュセブン』七瀬陸役など。声優としての活動以外に舞台『黒子のバスケ』シリーズ、『WEST SIDE STORY』Season2などに出演し、俳優としても活躍中。