沢井製薬という舞台で、
新しい価値を創造したい。

2003年入社 商学部卒

営業本部 営業統括部

起業家志望から医療の道へ。

自分の力で何か社会に新しい価値を提供したいという思いで起業を志し、商学部に在籍していた私が医療業界を意識したのは20歳の時。両親から、私には兄がおり、私が生まれる前に病気で亡くなったという話を聞いたときでした。兄が亡くなっていたということは知ってはいましたが、衝撃を受けたのは、兄の病気について経済的な理由で満足な治療が出来なかったという話でした。その事実を少しずつ受け止めるなかで、私は医療の分野で「自分にできることは何か」ということを考えるようになり、見つけた一つの答えがジェネリック医薬品でした。医療の質を保ちながら、より経済的に治療を受けることができるもの。それは、病気との闘いが治療費との闘いでもあると両親から聞いていた私にとって、希望のような存在に思えました。まだ普及の途中にあったジェネリック医薬品を世の中に届ける仕事を通じて、医薬品業界の新たな道を開拓するという起業の精神が結びついた瞬間でした。 そう決意したとき、私の目標を実現させる舞台は、当時から業界を牽引していた沢井製薬以外に考えられませんでした。

いま自分がいるフィールドで勝つ方法を考える。

いま自分がいるフィールドで勝つ方法を考える。

入社当時から、私は、自分の考えをハッキリ口にするタイプの人間でした。もしかすると、怖いもの知らずの若造に見えたかもしれません。沢井製薬には、そんな私を受け止めてくれる風土がありました。入社3年目の時、支店内で当時注力していた製品のプロモーション施策を立案する担当者に、経験豊富な先輩に混じって若手で一人だけ私が選ばれたのです。大きなプレッシャーはありましたが、だからこそやる気が湧いてきました。経験では他の担当者にかないません。そこで、アイデアを考えるときには、経験が浅い私らしい、誰でも実行可能なものという視点で施策を立案しました。そして、自分で試してみた結果を反映させ、まずは年齢の近い先輩から一緒に実践してくれるMRを増やしていきました。その結果、支店全体の施策に私のアイデアが採用され、最終的に製品の売り上げ全国1位という大きな成果を得ることができました。この経験は、私にとって大きなターニングポイントになりました。もし担当者に選ばれたとき、自分には無理だと弱音をはいていれば、そこで私の成長は止まっていたでしょう。上手くいかないのは経験が足りないからだという言い訳をするのは簡単ですが、そこからは何も生まれません。大切なのは、いま自分が置かれているフィールドでどのように成果を出すか徹底して考え抜き実行することだと学びました。

かつて目指した起業の夢を実現させる。

かつて目指した起業の夢を実現させる。

あれから10年以上経ち、いまは全社の営業戦略を企画・立案する部門に所属しています。私が携わっているのは、新製品の販売戦略等、MRの司令塔となる役割を担うものばかり。かつての何十倍、何百倍ものプレッシャーと闘う毎日です。ですが、それを乗り越え、立案した戦略によって、MRから「今回の新製品、目標以上の売り上げ達成したよ」といった話を聞けた時が、最高の瞬間です。
ジェネリック医薬品の普及という一つの目標が達成されつつあるなかで、私が次に目指すのは未来のMR像を創っていくことです。これまでは製品の情報提供を中心に営業戦略を考えてきましたが、webメディアの普及により、医薬品に関する情報提供以上の役割がMRに問われるようになってきていると感じます。そこで、例えば、医療従事者であると同時に、病院や診療所、保険薬局の経営者でもあるドクターや薬剤師の先生方に、これまで培った医療制度に関する情報提供のノウハウを活かし、より経営的な提案をしていく。複数の店舗を経営する保険薬局に対して、地域医療への貢献という観点から、個人で経営されている保険薬局も連携を図れるような働きかけをビジネスとして提案する、といったビジネスパートナーとしての役割も視野に入れて活動していかないといけない。あらゆる疾患領域の製品を扱い、病院、診療所、保険薬局、どの医療機関でも製品を使用いただけている強みがあるからこその次世代のMR像を創りたい。かつて目指した起業の夢を、新たなMR像の創造という形に変えて、沢井製薬で実現させたいと思っています。

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