海外展開への一歩を
踏み出し、新たな司令塔を
目指したい。

2008年入社 農学部卒業

研究開発本部 開発部

行き先の無い航海図。これからの世界だから面白い。

どのような会社で働きたいかを考えた時、色々なことにチャレンジできる会社がいいという思いが私の中にはありました。一つの分野を突き詰めることも素晴らしいものですが、色々なことに関わり、自分の世界を広げていきたい。私自身が成長することで、会社が大きくなり、会社が成長することで、より私自身の可能性も大きく広がるような働き方がしたかった。そうして様々な業界に目を向ける中で、ジェネリック医薬品というものを知りました。いま、まさにこれから拡大しようとしているという点が一つの興味を持つきっかけでした。これからと聞くと、一瞬先行きが分からず不安に思う人もいるかもしれませんが、だからこそ、何にでもなれるというチャンスが拡がっているのです。沢井製薬に入社したのは、これからの業界にあって、患者さんへの貢献という揺るぎない使命感を持っており、私が期待する成長への勢いを感じたから。直感と言ってしまえばそれまでですが、ジェネリック医薬品が注目される前から、自分たちの手で業界を牽引してきた歴史を通して、当時の私は革新と挑戦の風土を垣間見たのだと思います。その直感は、入社して数年経ったいま、期待以上の経験という形になって表れています。

どんな状況でも譲れない、沢井製薬の矜持とは。

どんな状況でも譲れない、沢井製薬の矜持とは。

入社後は一貫して開発品目の承認申請業務に携わってきました。承認申請と言っても、必要な資料の作成に留まらず、開発に関わる全部門と連携しながらスムーズに品目が承認されるよう、プロジェクト全体の司令塔のような役割を担っています。司令塔と言っても、一方的な指示をするのではなく、各部門と協力しながら、一歩下がって全体を見渡すようなイメージです。そんな私にとってのターニングポイントは、米国への承認申請品目を担当したことです。その経験は、二つの気付きを与えてくれました。一つは、製品開発にかける沢井製薬のポリシーです。日本と米国では、法律も文化もコミュニケーションのスタイルも、何もかもが違います。そうした違いから、なかなか上手く意思疎通が図れず、ある資料を作成するため、米国の担当者に協力を依頼したとき、日本なら快く引き受けてくれるところ、「No」と突き返されたことがありました。すると、上司が一言、「Noと言われて引き下がっていいのか。すぐに現地に行っておいで。」と言ったのです。その瞬間、「はっ」としました。元々、国内であってもプロジェクト全体に関わる私たちは、常に部門との顔を合わせたコミュニケーションを大切にしています。それは、直接話す方が早いからということももちろんですが、自分の仕事に責任を持つということもあります。私たちが扱う医薬品は、患者さんにとっての希望です。人の命に関わるものを開発する以上、仕事において妥協は許されず、徹底して責任を持つ。いわば、開発にかけた沢井製薬の矜持のようなもの。改めて、それを再認識することができました。

仕掛けるプロジェクトマネジメントのスタイルを創りたい。

仕掛けるプロジェクトマネジメントのスタイルを創りたい。

もう一つの気付きは、私自身の仕事の関わり方です。これまでも、ただ資料を眺めるだけでなく、自分から関係する部門には積極的に働きかけるようにしていましたが、米国への承認申請業務を通して、より密度の高い連携が必要だと感じました。全体を見渡すプロジェクトマネジメントをしていると、どうしても関わる範囲が広くなる分、知識は浅くなりがちです。今後、ますます会社が成長し組織が拡大していけば、より業務が細分化され、各部門の専門性は深くなるでしょう。そうなったときでも、プロジェクトを前に推し進めていけるような、全体を俯瞰する視座の高さと知識の深さが必要だと感じています。そのためには、他部門へ異動し、違った視点で製品の開発に携わることもしてみたい。もともと、色々なことを経験したくて沢井製薬に入社しましたから。いまがその絶好の機会なのかもしれません。そして、私自身が得た経験を持ち帰り、いま以上に開発の全工程に深く関わっていけるような、新しいプロジェクトマネジメントのスタイルを創っていきたいと考えています。承認申請業務をしていて最もやりがいを感じるのは、開発に関わる各部門と議論を重ね、苦労して積み重ねたデータが認められた時。多くの仲間と、そんな最高の瞬間を一つでも多く分かち合えるような司令塔になりたいですね。

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