研究者としても、
母親としても、
成長し続けたい。

2006年入社 生命科学研究科卒業

研究開発本部 製剤研究部

常に新しい自分を求めて。

私は常に新たな挑戦を大切にしてきました。大学では薬学部に在籍していましたが、自分の世界を広げたいとの思いから、大学院に進学する際、生命科学という異なる分野を専攻しました。どのような仕事に就くかを考えたときも、これまで学んだ経験を活かすことにはこだわりませんでした。学生時代の研究は、研究者というキャリア中ではほんの一部。30年、40年と続く研究者人生の入口を、新しい自分へと飛躍するための機会にしたいという思いがあったからです。また、「一人はみんなのため、みんなは一人のため」という思いを形にできる仕事がいいと考えていました。沢井製薬に入社を決めたのは、製剤研究という新しい分野に挑戦でき、研究の成果を形にして多くの人に貢献できると感じたからです。製剤の付加価値を追求している沢井製薬であれば、研究の成果をより人に役立つものとして形にできると確信しました。ジェネリック医薬品の製剤研究には、モノ作りとしての魅力があります。同じ材料でもレシピ1つで全く違う味になる料理のように、製剤も処方1つで錠剤の硬度や安定性などに様々な特徴が生じます。処方検討を重ねに重ねた結晶として、製剤というモノが出来上がる。私自身が開発した製剤が、多くの患者さんの元に届くと思うと、言葉では言い表せない感動があります。初めて自分が携わり形にした製剤は、今でも宝物として大切に小瓶に入れて保管しています。

研究者と母親。どちらの自分も諦めない道を探す。

研究者と母親。どちらの自分も諦めない道を探す。

10年間を振り返ると、一番のターニングポイントとなったのは「出産」です。それは、製剤研究者として複数の品目を形にし、自信が持てるようになった頃のことでした。出産を経験したことで、研究者であると同時に母親となり、仕事に対する考え方が大きく変わったのです。出産前の休暇に入る時は、本当に仕事に戻れるのか不安でしたが、いざ復職してみると研究者としての感覚は失われておらず、最初は何も変わっていないと安心しました。しかし、一つだけ変わったことがあったのです。それが、時間でした。出産前ならば、時間は私だけのものでしたが、出産後は子供のための時間が必要になる。以前ならとことん研究することができたのに、それができない。検討すべき課題も疲労もどんどん積み重なっていきました。ふと、初めて開発した製剤の小瓶を見た時、研究に没頭していた自分の姿が浮かびました。これまで出来ていたことが思い通り出来ない自分に、私は積み上げてきた研究者としての自信を喪失しました。それでも、仕事を続けることを選んだのは自分自身。研究者と母親を両立するための道を模索しました。時間が限られているということは、どれほど効率化を追求しても変えられない。だったら、どうすればいいのか――。悩んだ末にたどり着いた答えは、仕事のやり方を変えるということでした。

支え合えることの強さ。次は、私が支える存在になりたい。

支え合えることの強さ。
次は、私が支える存在になりたい。

それまでの私は、何でも自分でしたいという思いを持っていました。そのこだわりを手放し、同じ製剤研究に携わる仲間に少しだけ仕事を預けてみようと決断したのです。仲間に迷惑をかけるのではないかという不安はありましたが、一向に研究が進まず楽しむ余裕もない、研究者としてこのままでは嫌だという思いが勝りました。まずは小さなことから預けてみる。本当は自分がしたいという葛藤を繰り返しながらも、徐々に仕事のやり方を変え、出来ることは私自身も工夫しました。すると、次第に積み重なっていた課題が着々と前に進むようになり、研究を楽しいと思える余裕と自信を取り戻していきました。また、仕事のやり方を変えたことで、新たな発見もありました。私の仕事を預けたことで、後輩がこれまで以上の早さで成長していったのです。母親になり、育児を通して人の成長を見守る喜びを知りましたが、同じことを職場でも感じることができたのです。そうした今の私があるのは、支えてくれる周囲の存在があってこそだと気付くこともできました。仕事は一人でするものではなく、色々な立場や事情の人がいて、お互い支え合うことで、一つの薬が形になっていく。そうしたチーム力が沢井製薬の強さです。誰かに助けてもらったら、その人に返せなくても、次の人に返していけばいい。そうして繋げていくことが、これからの私の役割なのだと思います。周囲への感謝を忘れず、研究者としても一人の女性としても、仲間を支えられる存在であり続けたいです。

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