フロントランナーとしての
誇りを胸に、日本の医療を
支えたい。

2007年入社 理学部卒業

生産本部 九州工場 管理部

リーディングカンパニーを牽引する存在になりたい。

学生時代、私は社会起業家を目指していました。ベンチャー企業を起こし、社会的に弱い立場とされる人の助けとなるようなことがしたかった。そこから医療の世界に関心を持ったのは、大学の研究室で経験した創薬の基礎となる実験や研究の影響でした。数ある製薬会社の中から沢井製薬を選んだのは、リーディングカンパニーとしての力強さに共感したからです。やるからにはNo.1を目指す、No.1であり続けるという気概が、私の信念と一致しました。そして、「なによりも患者さんのために」から始まる企業理念が心に深く刺さりました。事業そのものが日本の医療を支えることに貢献する。それは、私が目指していた社会起業家で成し遂げたいことと同じ道でした。ジェネリック医薬品業界をリードする企業を通して、日本の医療を変えるような仕事がしたい、この会社ならそれが実現できると確信したことを覚えています。リーディングカンパニーである沢井製薬を牽引する存在になる。そんな強い思いを胸に秘め、入社を決めました。いま、まだ当時の夢は途中ですが、私は確実に沢井製薬で自分の描いた道を歩んでいます。

一つの目標に向かい、力を掛け合わせる。その感動の瞬間がやりがい。

一つの目標に向かい、力を掛け合わせる。
その感動の瞬間がやりがい。

入社以来、製造現場の経験を経て、いくつかの組織横断的なプロジェクトに関わる機会に恵まれました。中でも私の心に残っているのは、関東工場立ち上げのプロジェクトに携わったことです。現在の関東工場は、別の製薬会社から譲受したもの。それを、新たに沢井製薬の工場として稼働させるため、全社から選ばれたメンバーの中に、途中から加わることになったのです。私が担当したのは、MES*1と呼ばれる製造実行システムを工場稼働に合わせて導入すること。全社的なシステム導入に携わった経験を買われ、プロジェクトメンバーとなりましたが、私が参加したのは、進捗が大幅にスケジュールを押しており、工場稼働まであと数ヶ月と期限が迫っているタイミングでした。「もう稼働には間に合わないのではないか」という雰囲気が漂ってもおかしくない状況の中、途中から参加した私が「絶対に稼働させる」という強い気持ちで臨みました。限られた時間の中で、スケジュールを引き直し、作業を細分化してマイルストンを置く、進捗が遅れていた要因となるシステム障害を管理し運用のルールを作成する等、ゴールに向かう道筋を立て、一歩ずつ前進していきました。その結果、無事工場稼働を迎えることができました。私個人の力では成し得ないことも、チームが一丸となれば力の掛け算により大きな目標が達成できる。そうした感動の瞬間に立ち会えた、貴重な経験でした。

*1  MES:Manufacturing Execution Systemの略。製造工程の状態の把握や管理、作業者への指示や支援などを行う情報システムのこと。

自分の後に道ができていく。これからも先頭を歩み続けたい。

自分の後に道ができていく。これからも先頭を歩み続けたい。

今思い返しても、関東工場立ち上げのプロジェクトは、厳しい状況だったと思います。それでも自分と周囲を鼓舞し続けたのは、仕事において「自分がこれと決めたことはやり通す」という信念があるから。私たちは、病気と闘う患者さんに医薬品という希望を届け、その対償として支払われた治療代によって事業が成り立ち、私たちの生活が成り立っています。ですから、待っている患者さんがいるのに諦めることなどできません。もし途中で投げ出したとしたら、やらなかった自分が嫌になる。そう思うと、いつも前に進もうという気力が湧いてきます。ジェネリック医薬品へのニーズが高まる中で、今後はさらに効率的な生産計画を立て、原材料から包装資材の発注、製造、出荷に至るまで、沢井製薬だからこその安定供給力をさらに強固なものにするための新たなサプライチェーンマネジメントを構築したいと考えています。そして、職場においては一緒に働く仲間同士に良い反応を引き起こす、触媒のような存在になりたいと思っています。決して簡単なことではないかもしれませんが、苦労しながらも自分の歩いた後に道ができ、それが日本の医療を支える道に繋がっていく。夢の実現のために、これからも、私は先頭を歩み続けます。

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