※2023年8月31日~2023年10月27日に日経電子版広告特集にて掲載。
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「大粒や数が多い薬も飲みやすく」
フィルムコーティング技術の開発秘話
ジェネリック医薬品のリーディングカンパニーである沢井製薬は独自の製剤技術を「SAWAI HARMOTECH®(サワイハーモテック)」と総称し、飲みやすく、扱いやすい薬の開発に注力している。「良薬は口に良し」が当たり前の未来を目指し、日々技術開発に挑む社員の姿を追うインタビューシリーズ。第2回は薬を飲みやすくする最新の技術開発について、研究者に聞いた。
「表面をゼリーのようにすれば」
「表面をゼリーのようにすれば」
錠剤に服薬補助剤の機能を付加したら――。
沢井製薬が独自開発した錠剤のフィルムコーティング技術「THRUCOAT®(スルーコート)」。誕生のきっかけは、製剤研究部 製剤Iグループの主任研究員、伊豆井航さんのひらめきだった。
近年の医薬品は有効成分の量が多くなり、錠剤が大型化する傾向にある。一般的に、飲みやすい錠剤の大きさは直径7~8ミリメートル程度とされるが、抗がん剤などでは10ミリを超えるような大きな錠剤も少なくない。飲みやすくするために1錠を小さくすると、1回あたりの服用錠数が増える場合もあり、患者にとってはやはり負担だ。薬が飲みにくい場合はゼリー状の服薬補助剤などを用いることが多いが、準備の手間や、おなかが膨れてしまうなどの課題があった。
「錠剤の表面をゼリーのように滑りやすくすれば、するっと飲めるようにできるのではないか」。製剤研究部内の新技術検討チームにおけるミーティングで伊豆井さんが提案すると、製剤IVグループの主任研究員、中道克樹さんが「面白そう」と手を挙げた。中道さんは当時、ゲル化する添加剤の研究を手掛けており、「研究成果を活用できるのでは」と考えたのだ。2人を中心に、数人の研究者とスルーコート開発が動き出した。
「飲みやすさ」を数値化 およそ半分の力で通過
「飲みやすさ」を数値化
およそ半分の力で通過
まず取り組んだのは、「飲みやすさ」を客観的にどう評価するかだった。自分たちで様々な形状や大きさの偽薬を実際に飲んでみて、どんな錠剤が引っかかりやすいかを検証。老若男女のモニターを集めて、飲み比べてもらう実験もした。最終的には、客観的なデータとして示すため、喉に見立てたシリコン製のチューブの中に複数の錠剤を入れて棒で押し、少し狭くなったところを通過するときにかかる力を計測する方法を確立。錠剤などを1錠ずつ包装するPTPシートから錠剤を押し出す力を測定するために用いていた計測器を応用した。最終的に、コーティングしない錠剤の半分程度の力でチューブ内を通過できるようにするという基準目標ができた。
フィルムコーティング技術の開発にあたっては、「滑りやすさと崩壊性のバランスが難しかった」と中道さん。フィルムの素材となる「基剤」にゲル化剤を組み合わせれば、錠剤がぬれたときの表面を滑りやすくすることができる。ただ、基剤は水に溶けにくいものが多く、ゲル化剤は錠剤を包み込むため、どちらも体内で錠剤が溶けるのを遅らせる方向に作用しやすい。錠剤などの内服薬は胃や腸など体内の狙った場所・タイミングで溶け、有効成分が体内に吸収されるように設計する必要があるため、試行錯誤が繰り返された。
試行錯誤は足掛け1年 回りまわって最初の構想に
試行錯誤は足掛け1年
回りまわって最初の構想に
伊豆井さんと中道さんは、様々な組み合わせの基剤とゲル化剤を用いて試行錯誤を重ねた。新製品となるジェネリック医薬品の開発という通常業務の傍ら、本社研究室で試作品を作り、月に1回ほどのペースでまとめて大阪府吹田市の開発センターに持ち込んで評価測定。結果を踏まえて配合を見直し、新たな試作品を作って……という作業を繰り返した。「粘性の低い基剤に少量のゲル化剤を加えれば、滑りやすく、かつ体内で速やかに溶けて崩れるフィルムができる」という構想は研究の初期段階からあったのだが、「1回目の試作では、滑り性は高いものの崩壊時間が想定よりも遅かった」(伊豆井さん)。
ほかの素材や組み合わせも試すことにし、フィルムの大部分をゲル化剤にしたり、糖衣コーティング(糖分を含む被膜)にゲル化剤を加えたり……。コンセプトの違う組み合わせをいろいろ検証したが、製造しやすさや汎用性などを考慮すると「やはり最初のコンセプトが最適」という結論に至った。「回りまわって最初に戻ってきた」(中道さん)という状況だが、ここまでに足掛け1年。試作品の数は100種類近くに達したという。
様々な薬にスルーコートを
スルーコートはサワイハーモテックの中では最も新しい技術で、実際の製品に使用されているのはまだ1例のみ。今後は大型の錠剤や、一度に多数の錠剤を服用するような処方薬を中心に導入を進める考えだ。また、「有効成分の特性によらず、いろいろな製剤に使いやすい技術なので様々な製品に提供していきたい」(伊豆井さん)といい、処方薬だけでなく市販薬や健康食品のサプリメントへの技術転用も視野に入れる。コーティングの厚さは100マイクロメートルほどなので、錠剤の大きさをほとんど変えずに、飲みやすさを向上することができるのが最大の利点だ。
一方、複数の持病を抱えた高齢者など、多種類の錠剤を一度に飲まなくてはならないケースへの対応は今後の課題だ。個々の医薬品では必ずしも必要なくても、複数で飲み合わせる患者のことを考えれば、できるだけたくさんの錠剤にスルーコートを施したい。コストとの見合いではあるが、「新規に発売する製品だけでなく、可能なものには既存の錠剤に適用することも検討したい」(伊豆井さん)。中道さんは「日本国内だけでなく様々な薬に使われるグローバルスタンダードになれば、子どもや嚥下(えんげ)困難の高齢者などの飲みにくさをなくすことに貢献できる」と語る。壮大な夢だが、それだけの可能性を秘めた技術だという自負がうかがえる。次回は、水無しでも飲めるOD(口内崩壊)錠に使うオリジナルの添加剤と、そこに込められた技術が生まれるまでを追う。